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『大衆食堂特別保存地区』～東京・新宿～

【思い出横丁】

遡ること13年前、わたくしは某（駿台）予備校の新宿校に通う真面目な浪人生であった（なぜか最終学歴も某（駿台）予備校新宿校なのだが・・・）。
今回取り上げる「思い出横丁」とそれが一体なんの関係があるのかというと、本当のところは何も無い。しかし当時から自他共に認めるご飯食いで、しかも浪人生活の4分の1以上を新宿で過ごしたにも関わらず、この場所の存在すら知らなかったということを後悔し、当時この場所を知っていればもっとまともな浪人（食）生活を送れたのではないかという思いからちょっと書いてしまった。

出張初日、11時に羽田に着いたわたくしは昼食をとるべく目的地新宿に直行することにした。東口から、見慣れた新宿アルタを正面に見て、すぐ左に見えるガード地下道を30メートルほど歩くと目的の場所はあった。駅からのあまりの近さに一瞬ひょうし抜けしそうになった。しかしこの地区は線路沿いであるため、ガード地下道を通らなければひょっとすると見過ごしてしまう死角なのかもしれない（【思い出横丁】への正しい道順はこのガード地下道を通る以外は無いのだと勝手に決め付けてしまう）。
ガード地下道から抜け出し、まず【焼き鳥横丁】の看板の通りがあり、【思い出横丁】はそのとなりの中通りのことだった。そして一歩足を踏み入れるとそこはわたくしの知る新宿とは別世界の空間だった。

雑多なバラック風の建物が何十件もひしめいている風景は、自分がいつの時代のどこにいるのか困惑してしまうほどのインパクトがあった（戦後闇市時代の情緒）。

焼き鳥、食堂、うなぎ、中華、そば、ラーメン、寿司などなど様々な店がそれぞれの個性で大衆を受入れてくれる。2往復した時点でその中の「つるかめ食堂」で昼食をとることにした。【思い出横町】内にある食堂の特徴は、共通しておかずの種類が豊富で大皿がカウンター越しに並んでおり、注文すると一人前づつ取り分けてくれるようになっていること。注文は、好きなものを色々選んでご飯と組み合わせる食べ方と、鯖定食や焼肉定食といった定食ものを注文するかの二通りに分かれる。「つるかめ食堂」では、名物のドンブリ「ソイ丼」（大豆とひき肉を煮込んだ物がごはんの上にのっている）というのがあったのでそれとトマトサラダの組み合わせで食べることにした。ソイ丼のご飯は少し硬めだったが、大豆と野菜はカレー風味に仕上げていて見た目以上に食べやすく満足度があった（ソイ丼500円＋サラダ200円）。

午後からの仕事まであまり時間がなかったので、心残りではあるが新宿を後にすることにした。しかし夜の【思い出横丁】を味あわずして帰るようでは、ご飯食いのベルトを外さなければならない。
仕事後の懇親会の立食パーティには一切手をつけず、8時間後には再度【思い出横丁】に舞い戻っていた。そしてそのことが【思い出横丁】の本当の魅力を知ることになるのだった。

昼間とは違い、夜の【思い出横丁】は一段と活気に満ち溢れていた。特に焼き鳥の店は夕方からの営業になるので、昼間は仕込みのみで空いていない店が多かったが、そのほとんどの店がお客さんで一杯になっているのだ。常連客が多く少し気後れしそうなところ「鳥長」という店のおねえさんが声をかけてくれた。「おにいさん、ここ座れますよ」
このおねえさん、実は中国の人だった（チンさんという）。他の店もアジア圏の人が多く働いており、一様に愛想がいい。最近のへたな居酒屋のおねえちゃんより一生懸命働く姿が気持ちいい。

頼んだのは、ビール1本と一品料理を2種、焼き鳥５種、自家製のつくね（2,000円以下！）。「鳥長」おすすめのつくねは、表面をパリッと仕上げたつくねに濃い目のたれと玉子の黄身を絡ませて食べるちょっと変わったつくね。個人的には少したれの味が濃いように感じたが、これとやはりご飯と一緒に食べてみたいと思った。「おねえさん、ご飯はないのん？」、
「ご飯ナイよー。わたし、自分の冷凍ご飯はあったけど、それ、お昼にたべました」
この会話をきっかけにチンさんと隣にいた常連さんとも色々話をすることになった。

（わたくし）
「今から何軒かはごしたいんですけど何処がよろしい？昼間“つるかめ”には行きましたんやけど」

（チンさん）
「“つるかめ”は有名店ね。最近特に取材も多いし。でもとなりの“もります”、安くていいよ。寿司ならここのオーナーの店で向こうにある“すし辰”」

（わたくし）
「“若月”っていうラーメン屋はどうなんですか？」

（常連さん）
「独特の麺（ちょっときし麺っぽい麺）だけど美味しいよ」

（常連さん）
「ちょっと変わったもんが食べたいなら“朝起（あさだち）”っていう店が奥にもあるよ」

（チンさん）
「中華で色々メニューが多いのは“岐阜屋”ね。量も多くて安いよ」

会話のほんの一部だが、【思い出横丁】それぞれの店の特徴や、この横丁の歴史もいっぱい聞くことが出来た。気さくな接客とお客さん同士のふれあいも自然とできるこの【思い出横丁】の雰囲気にすっかり上機嫌のわたくしは、もう常連気分。先ほどの会話の中に出てきたほとんどの店（朝起を除く）をはしごしてしまった。
最後にもう一度「鳥長」に顔を出してチンさんに全ての店の報告をすると
「ほんとに全部まわって食べたの？」とかなり驚かれてしまう。
「ここは【思い出横丁】はほんとにいいとこでしょ！また出張の時は寄ってくださいね」

今回、各店のご飯についてのうんちく詳細はあえて省略させてもらった。ご飯の細かな話よりも、ここ【思い出横丁】全体の人情味溢れる情緒や雰囲気そのものが、正に「大衆食堂に行こう」にふさわしい場所だと感じたからだ。わたくしにとっては世界遺産と同等に残してほしい地区だということで、本日この【思い出横丁】を独断で大衆食堂特別保存地区に認定させてもらった。

食堂メモ

名称（地名）	思い出横丁
住所	西新宿1丁目1番（駅東口から新宿アルタを正面に見て、すぐ左に見えるガード地下道を30～50メートルほど）
休み	不明
TEL	不明
営業時間	朝早くから空いている店と夕方からのみ営業の店あり